京都地方裁判所 昭和58年(ワ)2129号 判決 1984年10月29日
原告 岩見秀雄
右訴訟代理人弁護士 香山仙太郎
被告 北辰物産株式会社
右代表者代表取締役 川口一秀
右訴訟代理人弁護士 竹内清
主文
原告の各請求をいずれも棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求めた裁判
一、原告
1. 被告は、原告に対し、金三五〇万円及びこれに対する昭和五八年一二月一七日から完済に至るまで年五分の割合による金員を支払え。
2. 訴訟費用は被告の負担とする。
との判決、並びに右1につき仮執行の宣言。
二、被告
主文と同旨の判決。
第二、当事者双方の主張
一、原告の請求の原因
1. 被告は、東京穀物商品取引所及び大阪穀物商品取引所の商品取引員であり、その商品市場における農産物売買取引の委託を受けて、その取引をなすことを業とするものである。
2. 原告は、被告会社の担当係員である営業部長の訴外岡田幸一(以下「岡田」という)から、「利益を生ずることは確実である」などの強引な勧誘をうけたので、昭和五八年五月二日、被告との間で、原告が被告に対し大阪穀物取引所における輸入大豆の取引の委託をなす旨の契約を締結し、同年同月七日、被告に対し、右契約についての担保として、金七〇〇万円の委託証拠金(以下「本件預託保証金」という)を預託、納入した。
3. ところで、右契約の締結又は右証拠金の預託、納入の際、原告は被告(岡田が代理)との間で、「原告は右取引については全くの素人で不安であるから、被告が原告から右取引の委託を受けて取引をなす場合は、これによる損害と被告の取得する手数料との合計が本件預託保証金の半額の金三五〇万円に止めるように取引をなし、若し右損害と右手数料の合計が右半額を超える場合でも、これを右半額に止め、本件預託保証金の半額の金三五〇万円は必ず被告において原告に返還する。」旨の特約をなした。
4. 仮に、原・被告間において右特約が明示的に締結されなかったとしても、原告は、昭和五八年四月頃からの電話や晩遅くまでの居坐りなどによる度重なる執拗な岡田の勧誘に耐えかねて、取引については、証拠金七〇〇万円の半額である金三五〇万円の損までに止め、残りの金三五〇万円だけは返戻されるよう言明したところ、岡田は、原告の右意思を知り、又は知り得べき状況にあったから、前記委託契約締結、又は、証拠金の預託納入に際し、原・被告間において前記3の特約が黙示的に合意され、又、原告は、被告に対し右特約と同一内容の取引の委託をなし、被告はこれを承諾した。
5. しかして、被告は、その後、原告から昭和五八年五月二日(買)、一〇日(売)、一四日(売)、及び一九日(二回―一回は売、一回は買)の合計五回、前記大豆の取引の委託を受けてその取引をなし、その結果、右取引における損害と被告の手数料との合計が金七一一万二五〇〇円に達したので、本件預託証拠金は右損害金等に充当され、原告に返還すべきものはない旨称している。しかし、右二日、一〇日、及び一四日の各取引は原告の委託を受けずに先行してなされたものであるばかりか、前記3又は4の特約ないし委託に違反し、さらに右取引において遵守すべく合意された受託契約準則(甲第一号証)の第八条(右取引には、いずれも委託証拠金を事前若しくは取引の翌営業日の正午までに徴収しなければならない)に違反しているものである。
6. そうすると、被告は、原告に対し、前記3又は4の特約ないし委託に基づき、本件預託証拠金の半額の金三五〇万円を返還すべき義務がある。
7. さらに、また、被告の右5の行為は、原告に対する不法行為に該当し、これにより、原告は、本件預託保証金の半額の金三五〇万円相当の損害を蒙った。
8. よつて、原告は、被告に対し、前記6の返還金三五〇万円、又は前記7の損害金三五〇万円、及びこれらに対する本訴状が被告に送達された日の翌日の昭和五八年一二月一七日から完済に至るまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める。
二、請求の原因に対する被告の認否
1. 請求の原因1の事実は認める。
2. 請求の原因2のうち、原告が、昭和五八年五月二日、被告との間で、原告が被告に対し大阪穀物取引所における輸入大豆の取引の委託をなす旨の契約を締結し、被告に対し本件預託保証金七〇〇万円を預託納入したことは認めるが、その余の事実は否認する。本件預託保証金の預託納入日は昭和五八年五月二日である。
3. 請求の原因3及び4の各事実は否認する。
4.(一) 請求の原因5のうち、被告が原告主張のとおり称していることは認めるが、その余の事実は否認する。
(二) 原告が被告に委託してなした取引は次の(1)ないし(5)のとおりであり、これにより、金七一一万二五〇〇円の損金が発生したので、本件預託証拠金は右損金の一部に充当されたものである。
(1) 昭和五八年五月二日 前場二節
一〇〇枚買建
(2) 同年同月一〇日 前場二節
五〇枚売建(右(1)の両建)
(3) 同年同月一四日 前場三節
五〇枚売建(同)
(4) 同年同月一九日 後場二節
一〇〇枚売落(右(1)の処分)
(5) 同年同月同日 同場節
一〇〇枚買落(右(2)、(3)の処分)
5. 請求の原因6及び7の各事実は否認する。
6. 請求の原因8は争う。
第三、証拠<省略>
理由
一、請求の原因1の事実、及び原告が昭和五八年五月二日被告との間で原告が被告に対し大阪穀物取引所における輸入大豆の取引の委託をなす旨の契約を締結し、被告に対し本件預託保証金七〇〇万円を預託納入したことは、当事者間に争いがない。
二、<証拠>によれば、本件預託保証金は昭和五八年五月二日預託納入されたことが認められる。原告本人尋問の結果中、右認定に反する部分は、右証拠と対比して措信できず、他に右認定を覆すに足る証拠はない(乙第七号証の二は単に小切手帳の控えであって、これのみでは交付の趣旨が不明である)。
三、そこで、請求の原因3、又は4記載の特約ないし委託の成立があるかにつき検討する。
1. 原告はその本人尋問において、原、被告間に右特約が締結された旨供述し、原告本人尋問の結果により原本の存在及び成立の認められる甲第六号証(原告作成の書面)には、「昭和五八年五月二日、原告が最大三〇〇万円か三五〇万円の損で済む様にとたのんだ」旨の記載がある。
2. しかし、原告はその本人尋問において、原告の右依頼に対し、岡田は、「そんな話をするな。」「損をすることを云うな。」と返事し、岡田は、三〇〇万円か三五〇万円で損をとめますよとは云っていないとも供述しているところ、これによれば、岡田ひいては被告が被告の右依頼を承諾したとは到底認め難いこと、前記特約ないし委託の成立については他にこれを裏付ける契約書等の書面は存在しないこと、将来における値動きの変動が激しく、あらかじめこれを確実に予想できない本件の如き取引において右特約ないし委託内容を実施することはすこぶる困難であって、右内容の約束はこの種取引にそぐわない甚だ不自然な取り決めであるところ、証人岡田幸一は、右特約ないし委託の成立を否認し、原告に対し、本件取引に際し、一般的な説明として、追証制度についての説明をし、値洗損金が証拠金の半額を超える場合は、被告に強制処分権があること(処分の義務がある訳ではない)、従って、この場合委託者は、追証を入れるか、自ら処分するか、両建するか等を選択して、証拠金の半分を残したいなら、自らのその方法を選択すればよい、と説明したにすぎない旨供述しているが、右に判示の事情等を考慮すると、むしろ右供述が自然で納得できること、などを考え併すと、原告本人の前記2の供述部分はにわかに措信できず、甲第六号証の前記1の記載内容をもって、請求の原因3及び4の各事実を認定することは到底できない。
3. 他に右各事実を認めるに足る証拠はない。
四、そうすると、右各事実を前提とする原告の被告に対する返還金三五〇万円(及びこれに附帯の遅延損害金)の支払い請求は理由がない。
五、1. <証拠>によれば、被告は事実欄の第二の二の4の(二)の(1)ないし(5)(以下「本件(1)ないし(5)の取引」という)のとおり原告から取引の委託を受けて右取引をなした結果、金七一一万二五〇〇円の損金が発生し、本件預託保証金を右損金の一部に充当した旨の清算処理をなしていることが認められる。
2. 請求の原因3及び4の特約ないし委託の成立が認められないことは前記判示のとおりであるから、右取引等が右特約ないし委託に違反した不法行為であるといえないことは云うまでもない。
3. 次に、原告はその本人尋問において、右取引のうち、本件(1)ないし(3)の取引は原告が被告に委託したものでなく、被告が勝手にしたものである旨供述し、前示甲第六号証にも同趣旨の記載がある。
しかし、<証拠>によれば、昭和五八年五月一九日、原告は、被告に対し、右清算を認めて、右双方間で、右損金のうち金一一万二五〇〇円は被告において負担して原告にその支払いを求めない旨の話合がつき、原告は、早速本件預託証拠金の預り証(乙第四号証)を被告に引渡していることが認められること(これによれば、むしろ、原告は、右取引を委託しているため不服がなかったものと推認できる)や、前記1に掲記の証拠に照して、原告本人の前記供述部分、及び甲第六号証の記載内容はにわかに措信できない。他に原告が被告に前記取引を委託したものでないことを認めるに足る証拠はない。
4. なお、成立に争いがない甲第一号証(但し、アンダーライン、×印部分を除く)、証人中村寛司の証言によれば本件(2)、(3)の各取引は原告主張の受託契約準則第八条に違反していることが認められるが、これのみをもって右取引が原告に対する不法行為にあたることは認め難い。
5. 以上判示したところによれば、被告が原告に対しその主張の不法行為をなしたことは認めるに由ないものである。
6. そうすると、右不法行為を前提とする原告の被告に対する損害金三五〇万円(及びこれに附帯の遅延損害金)の支払い請求は理由がない。
六、よって、原告の各請求をいずれも棄却することとし、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を適用して、主文のとおり判決する。
(裁判官 山崎末記)